「T・P・O」を活用してみるのもアリかも。3

TPO
「TPOをわきまえる」ことって、
かた苦しい感じもする…。
場合によっては、
どうすればいいの?なんてことすらありえるかも…。
 
なんてことから、「TPO」についてのお話しをきいて頂いておりますが。
 
前回は、「わきまえる」
という感覚が根強い日本人気質のひとたちに囲まれて生きている「自分」、

そして、
「自分を知る」「万事を心得る」というところに焦点が定まりつつあった
…と思うのですが。(笑)
(前回の話を読む)
 
 
 
さて今回は。
「自分を知る」「万事を心得る」ということから「TPO」を活用して、
「目指せ!本日のスター(爆)」ってことで
お話しをしていきたいと思います。
 
 
この「TPOをわきまえる」という価値観。
これは、イメージとしては「人に遠慮」という、
日本人ならではの美的意識のひとつ…と、とらえることができます。
 
そう。
全員ではないですょ、モチロン。
でも、今の時代はまだまだそういう人たちで占められています。
 
そこで。
まず「自分を知る」。これを考えてみます。
 
例えば。
「わきまえる」という価値観集団の中にいる「自分」とします。
 
そのとき、
「どんな自分に見せたいか」ということ。
 
次に「万事を心得る」。
これは「自分を知る」にも共通しますが、
「その集団の属性・習性を知る」ということです。
 
これがどういうことかというと。
 
極端に言ってしまえば、そこに集う人の「好み」を予測し、
その場の雰囲気の予測をたて、限りなくベストマッチに自分を近づける…
ということ。
 
人は、そのとき「あなた」だけを全てから切り取って
常に常に、見てたりはしません。
まず、その場の「風景」として認識することのほうが多いと思います。
 
その人が「ステキ」と感じるポイントは。
その人の好みにあてはまる、ということでしょうか。
そして、誰もがそれなりに「美意識」を持って生きています。
 
この「美意識」は、その集団ごと、そのシチュエーションごとにより
様々に変化するのです。
 
なので。
「自分を知り・万事を心得る者」は、「わきまえることを、制する」(爆)
…ということになりますょね。
 
もし仮に。
「わきまえない」こと自体が「カッコよい」
とか、
「わきまえない」こと自体に「意味がある」
…といった場合は、真逆で考えればよいワケで。
 
  
民族のもつ価値観や慣習…といったところは
少々の時間で変わるものではありません。
そこも踏まえての「ウケを狙う」、
いわば、「自分自身を描く」といった作業が、
「TPOを味方につける」
 
…ということに繋がってくるのでは?と、思います。(笑)
 
って感じで、今回はこの辺で…。

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