「できるヤツ」のビジネスシーンにおけるファッションの重要性。3

できるヤツ
ご存知のとおり、スーツをはじめ洋服全般に関する服飾文化は、海外から
流入した文化で、日本の歴史から見ると、まだまだ浅いと言えます。

高級スーツブランドの先進国のイメージが強いイタリアを例にあげてみると、
確かに、洗練された彼らのスーツの着こなし方の根底には、美学とも言える
階級意識が根付いている事が分かります。

特に、公の場においてはそれが顕著であると言えます。

要は、自分のポジションによってスーツのランク(高級仕立てなのか、
安価な既製なのか、など)を見事に着分け?て、上下の関係をハッキリ
させていたりするのです。

勿論、こんな芸当ができる背景には、それに関わる人々に「見る目」が
そぐわっていなければ成り立ちません。

これは中世からの長い歴史に培われた精神の流れを汲む
「スーツ=階級を表す衣服」の文化の中にいて、現在もその精神が引き継がれる
環境の中培われている美学、とも言えます・・・

「スーツ=制服」的な、現時点の日本人には少々、難しい感覚ではないかと
思います。

(もちろん、上下関係をわきまえていない、と言っているのではありません。
むしろ、上下関係は日本の方が厳しい部分も多いと思います。
あくまで、服飾によって表現、という部分において、という事です。
スーツの着こなし方によって、「暗黙的に語らずして語る」、とでも言うのか、
そういう表現方法が身についているところに文化の違いを感じます。)

そうそう。

表現方法と言えば、「衣服と自分との融合」的な感覚が発達しているのは
イタリアのみならず、欧米諸国で多く共通する部分です。

ただ、着飾るという事ではなく、ましてや金額的価値観ではなく、素材の持つ意味や
色の持つ意味と季節感の融合、あるいは着ていく場所とのバランスや意味づけ、
その時々の周囲とのバランスや融合・・・等々、もはや衣服により
「いかに自分を語るか」、といった自己表現からの精神的衣服文化が高いように
思います。

しかし、こういった精神文化は当然、日本にも存在します。

その一つに、海外諸国からも絶賛される「わび・さび」の文化があげられます。

精神のより深い、表現しようのない深い部分での感覚に対する表現力は、
他の諸国に類を見ない素晴らしい精神文化です。

衣類に焦点を当ててみれば、着物の色柄、素材、合わせる帯・足袋、持ち物・小物に
至るまで、様々なあそび心やストーリー、勿論、階級も含めて、一着の中に
多くの要素を含ませます。

さらには、年配であるか若者であるかによっても、粋〔いき〕な着こなし加減や
身のこなし方があり、そういう事が平常であった時代が長く続いているのです。

お話が少々脱線しましたが(笑)、要は、元々秀でた感性を持つ日本人は、
これまで、欧米の文化を取り入れ、器用に日本文化と融合させ、新しい文化として
取り入れてきた歴史が示すように、そもそもは高いセンスを有している
民族だと思います。

ですので、ビジネスシーンにおいても、その能力の利点を今一度再確認し、
活用していく時代だと思います。

細やかな気配りと自信の美学を構築して、ビジネスに活かす事を楽しむ、
そういった精神的な姿勢こそが、ハイレベルな魅力をかもし出すのです。

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