何となく、理由が分かった。

私は時たま、悲しくなることがあります。

人は誰でも、そうだと思いますが。

例えば、「想う」ことがあるのに、言語変換できない時とか。
表現したいのに、知識不足で、言語変換できない・・・。
でも、「気持ち」はあるんです。

一つ、気になっていたことに、子供への放射能の影響、というのがあります。

そして、政府関係の対応など・・・私には「国」という仕組みが難しくて
分からないことが多いのが、正直なトコロです。

でも、「何かおかしい」と想い、かといって、ソレに対する解決も分からない。
「おかしい」と想うのは「何か」すら、自分できちんと理解できない。

原発事故以降、ただただ、憤りに似た悲しい感情が存在するだけです。

この先生の発言を聞いて、
「自分の悲しい気持ちがどこから来るのか」が自分の中で、少しですが、
言語変換できたように思います。

全く個人的には、政府関係のお人達は、「わざと」動かないんだと思います。
これは、様々な事情のためで、その全てが「利権」とかではなく、
複雑にかみあっての部分も存在するかもしれない、とは、想っています。

どうすれば良いか、というのを、本当は分かっているお人も
多いんだと思います。
でも「事情」がジャマをする・・・。

それも含めて「わざと」実行しない、というコトです。

ただ、「しない理由の正当化」が、目的になってしまっているんだなぁ・・・と、
それはそれで、別の悲しみになってしまうのですが。

どんな事情があろうが、どこか、優先順位が「おかしい」んです、
見える範囲しかわかりませんが・・・私の中では。

もっと「人」として素直に現実を直視すれば、きっと、変わると
思います。

「人」とは「個人」ではなく、何者でもない「人」というコトです。

政府関係のお人達全てではないと思いますが、要職の方々の多くは、
「オゴリ」を大切なモノと、感じてしまっているのかなぁ・・・。
そんなゴミは捨てて、「人」として、子供達やこれからの日本の将来に、
真剣に対処してほしいと思います。

そして、そういうサイクルの中、政治の係りでない「人」は当然、
その政に協力し、さらに発展させていくべきだと思います。

人はそれぞれ「係り」があるのではないか、と、思います。
各能力を活かすだけです。

いずれ、人は等しく生涯に幕を降ろすのです。

そして、血脈であろうがなかろうが、その後も命は生まれ続けてくるでしょう。

果たして、今の政にかかわるお人達も、先人方にしてみれば、
「その後に生まれた命」の片鱗であることを、忘れてしまったのでしょうか?

どなたの子孫でない者も、現代、この地球上にある日本という国に
生まれ、育って、生きていることを許されている、それだけのことです。

自分の祖先も他人の祖先も、自分の子孫も他人の子孫も関係ないほど、
時間は流れ、それが、唯一の現実であったのに、
それを外して、何を求め、どこに行こうとしているのでしょうか・・・。

何々が出来るから「エライ」とかは違うような気がします。

しかし・・・。
今の瞬間の政治や利権や諸事情って、子供達や日本の将来より優先される
ことなんでしょうかねぇ・・・。

あまりにも国の流れが刹那的すぎて、それが、悲しい一因であった・・・、と、
自分なりに解釈したのでありました。

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