足りなかった電気の「足りなかった量」が知りたい。

原発は「電力の供給が需要に追いつかない=電気が足りない」から
増え続けた側面もあるのだと思います。
 
それに伴い、発電に対するエネルギー資源の問題、コストの問題も発生したと思います。
 
確かに、高度成長期以降、電気の需要が急激に加速したことは、現実のことです。
 
さらには、今ある原発の安全な廃棄の仕方も、庶民感覚で表現するならば「無い」
という現状だと思っています。
(この部分は、モノ作り的感覚からいくと、少々、モノオモウところアリ。)
 
要は、「形ある物はいつかは壊れる」という法則の中に生きる私達にとって、
「修理ができない」「廃棄方法が無い」「収集をつける手段がなくなる可能性がある」
という事象がつきまとう限り、「存在してはならない=危険」という価値観なのですが。
 
ちなみに。「隕石が地上に降ってくる確率と同等」という法則の元に、「自動車よりも安全」
ということで、たしかに、日本国内で発生している自動車事故よりはその事故率は低いものでしょう
・・・きっと。(例え、公表されていない事故があったとしても)
 
ただ、「地球創世以来、現在まで壊れていない物体は存在していない」のが私の知る現実で、
根拠のすげ替えによって証明される「大丈夫」は、もはやファンタジーかと思われますが、
如何なものでございましょうか・・・。
 
とにかく。
今を生きる私は「節電」に重きを置いて進みたいので、ずっと疑問であった原発増設の
理由の一つ「足りない」というその「足りない量」が知りたい、と思い、調べているの
ですが、どうにも思うような情報が見つからず、四苦八苦しております。
 
「足りない」前提がいつからの前提なのでしょうか。
ところで、この事故前、電気は足りていなかったのでしょうか?
 
過去からのデータ、具体的に、とても知りたいんですが、私。
 
外務省のHPによるとアメリカの人口は、3億914万人(2010年4月 米国国勢局推定)、
371.8万平方マイル(962.8万平方キロメートル、50州・日本の約25倍)(内水面18.1万平方マイル)
 
この人口・国土の国において、ウィキペディアによると、アメリカの原発保有基数は
104基(世界第一位)、ということですね。
 
また、これもウィキペディアによると、日本の面積は、総計 377,914km2、
人口は1億1千万人、原発保有基数は55基(世界第3位)ということですが。
 
人口3分の1、面積25分の1の違いに対して、原発の数はほぼ2分の1・・・って。
 
両国共に、全ての電力を原発に頼っているというものでは無いと思いますので、
その辺も含めて知りたいんですケド。
 
そして仮に、「足りない」状態が続いているのなら、あと「どの位」あれば「足りる」のか、
とか、各企業や家庭、個人に対応する蓄電器のようなものの研究・開発・普及を、
もっと積極的に進めたりはできないのか、とか、何らかそういった方向性が考えられた
であろう結果の、現在の原発数でしょうから、その辺の情報、調べてるんですが。
 
ちなみに。
保有数世界第3位のフランスですが、人口は、約6,503万人(2011年1月1日、
仏国立統計経済研究所)54万4,000平方キロメートル(仏本土、仏国立統計経済研究所)、
人口は日本の約半分、国土はほぼ1.5倍、原発59基です。
 
ただし、フランスは国外に電気供給してるわけですね。
要は「59基で売るほど作れる」わけで、商売道具の分も含まれる。
 
こんな、比較対照もなんだかな・・・ですし、ちゃんとしたこと、知りたいんです、
過去からの「足りなかった量」。
 
って、何でココまでこだわっているか、っていうと、・・・そう、ちょっとだけ疑ってます。
 
何だか、薄っすら記憶にある世間の雰囲気が、「電気をどんどん使ってもイイょ」的なものだったからです。
もちろん、2割の大声で「電気を大切に」(というか「限りある資源を大切に」だったと思いますが)というのも記憶にあります、でも2割分。
 
「世間の風潮のせい」にしたいわけではありませんが、ジワジワと、「消費美徳」的価値観が
どうして根付いてしまったのか、それはいつから、どういう形だったか・・・という記憶が、
どうも曖昧で、「仕組まれた気持ち悪さに似た感情」がどうしてもぬぐえないので。
 
これには「リサイクル」と「プルサーマル」が私の中で合致してしまったのも大きな理由なのですが・・・。
この事はまた次の機会に、ということで。
 
とにかく、原発、それでもまだ国内に四十数基もありますので、東西南北の垣根を越え、
さらに何らか英知を搾り出せば、日本国内の電力は、これ以上原発を増やさなくても、
実はまかなう事ができるのでは??と、思わずにはいられないのです。
 
それは、例えば「制御不能となった原子の活発な活動を止める」よりは、もしかすると、
現実的な未来なのではないか、と思えてならないのです。

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