東日本大震災の後も「一緒に頑張る」ということ

今回の東日本大震災において被災された方々には、心よりお見舞い申しあげます。
そして、お亡くなりになられた方々には、心よりご冥福をお祈り申しあげます。
 
今日現在、西日本に住まう私たちが、報道により、毎日知りえる被災地の情報は、
刻一刻と厳しさを増しており、それは、現地の方々におかれては、それ以上に
現実のものであることは、想像に難くなく、人として、心の痛みを止めることはできません。
 
しかし、私たち、「やまもり」の各々一個人が今現在、温かい室内で
「心を痛めてTVの報道を眺めている」ことが、
被災された方々の誰一人を、また、救援活動をされている方々の誰一人を救うものでもない、
とも考えています。
 
今回の出来事は、まさに
「最近、血液の循環もちょっと悪くて、内臓疾患気味で臥せっていがちだった日本に、
さらなる大怪我が発生」という、感じにも思えるのです。
 
また、経済の流れを血液だとすると、それをしっかり送り出す心臓部である東京も
ダメージを受け、あまり楽観視できる状態ではない、とも思うのです。
 
例えば、人間が怪我をした時、あるいは病気をした時、心臓は活発に鼓動し、それはある面、
元気な時よりも活発に、血液の量を増やし、そしてその血液は酸素やあらゆる養分、
抗体を乗せ、そこに終結し、怪我や病気を治癒するべく奔走する・・・
という状態があるならば、
 
仮にそんな時、そこで循環させるべき血液が造られなくなってしまっては、どうなるでしょうか・・・。
 
治癒するべき箇所に必要な養分・成分が何一つ、届くことはなく、また、「その後の回復」に
必要な血肉も作られないままとなり、体力はますます損なわれ、その結果は誰の想像にも
難くないと思うのです。
 
これを現実に置き換えて考えてみると、国内の経済がやや低迷であったところに、大災害に
見舞われ、さらには原発問題も発生している今だからこそ、日本国内では経済を活発化させ、
このことを乗り切る力と、今後復興に向かっていく体力を蓄える必要があるのではないか、
ということです。
 
今一瞬の義援金や支援物資の提供はとても重大かつ重要で、まず、そのことが最優先です。
それは、投薬治療、あるいは手術に似ています。
 
ただ、例えば手術が成功したからといって、すぐに元気に活動できないのと同様に、
災害からの復興にも長い期間が必要だと思いますし、もしかすれば、リハビリが必要かもしれません。
 
そう考えていくと、そこに継続している復興というものに対する支援は必然的で、また、
更なるパワーを必要とし続けるその支援は、一瞬で終わらせることのできないものではないでしょうか。
 
実際にあるべき真の災害支援は、支援できる人が血液を生み出す=経済活動を止めないこと、
また、震災の影響を大きく受けることのない人ならば、その従来の営みを止めないことが
大切ではないか、と思います。
 
今、日本の半分、「西日本」は、まだ十二分に機能していて、そこに暮らしている我々も、
十二分に機能しています。
なので、「西日本」という広域において、日本に必要な機能の一端を担うことを考え、
そのために各企業・各個人が経済活動に対し、尽力することは必要であり、そのことは
この有事において、かなり現実的な行動ではないでしょうか。
 
そして本来の国力が戻るよう、日本が元気に復帰し活動できるように、かすかにでも尽力を
続けていくことができれば、目に見える支援にはならなくても、誰に分からなくても、確実に、
災害支援に繋がる一滴くらいにはなるかもしれない・・・。
 
そんな思いで、これからの「やまもり」を続けていきたいと思っています。

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