意外に古い、軍の放出品の歴史。

訓練
軍の民間への払い下げというのは、古くから存在した
一つの文化、とも思えてきます。
 
1865年創業のバナーマン社(FrancisBannermanSons,inc)が
アメリカやヨーロッパの軍需品(武器、制服、装備等)のサープラス品を
販売(1950年代に廃業)
 
日本では、明治時代頃から、政府の諸官庁や
軍の払い下げ品を扱う業者が存在しています。
 
 
商売人はいつの時代にも、かくもたくましく、…って
ところですかねぇ。(笑)
 
 
ただ、日本でサープラス(払い下げ)が一般的となるのは
第二次世界大戦後の、まだ後なんですけど。
 
 
1945年の敗戦後、欠乏した物資を補うため、旧日本軍の物資が
「代用品」として重宝さたようです。

また日本各地で展開された
アメリカ軍(進駐軍)からも様々な物資が、サープラスとして放出、
 
でも、実はこの当時、日本人の進駐物資の所持は
公には認められていなかったようなんですが…。
 
まぁ、こういう時代にはよくある
「横流し」みたいなことは、必然的にあったようですね。
 
きっと、「闇市」なんかでコッソーリ
並んでいたのではないかと、思うんですょ。(笑)
 
 
サープラスがいよいよ本格化するのは
1951~53年、朝鮮戦争休戦後からで、
第二次大戦後のさらに5年後くらいから。
 
日本国内の、アメリカ軍補給部倉庫から大量の物資が放出されます。
 
 
この頃、日本はまだまだ戦後、物不足の真っ只中であったと思います。
 
当時、人気が高かったのはやはり、衣類だったようで…。
 
日本人の体型に合わせて、サイズを仕立て直したり、
布地を使って別の服を作る…という。(笑)
 
こういった情景を思い浮かべると、
復興に向けての日本人のたくましさ、みたいなのを、感じる気がします。
 
それに、日本人って、基本、器用だし。
さぞ、米軍の人も驚きのカスタマイズがあったのではないか、と。(笑)
 
また、この頃はジープなんかの車両も民間放出されていたようです。
 
 
で、その後、
1962~75年、ベトナム戦争当時にも大量の物資が放出。
 
これは、アメリカ軍にとって、当時の日本が、
極東における中継の基地の役割であったことも、関係しているでしょう。
 
 
 
と、いうわけで、サープラス。
「軍の装備」ということで敬遠される部分もあると思いますが、
 
近年ではミリタリーのデザインがファッション分野で
模倣されることも多くなり、一般にも認知されてきました。
 
 
現在では男女を問わず浸透している、といっていいかもしれません。

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